医療過誤の解決事例

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医療過誤の解決事例

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60代 AさんX市立B総合病院

胃全摘手術後の輸入脚症候群と閉塞性黄疸、絞扼性イレウス

[事案]

1.60代のAさんは、X市立B総合病院に持病のため通院していましたが、胃内視鏡検査で胃ガンが発見され、C総合病院を紹介されて転院し、胃全摘手術を受けました。

2.C総合病院での手術後、Aさんは、退院4日前位から腰痛を訴えていましたが、そのまま退院となりました。ところが、退院の翌日、腰痛が悪化し、これに発熱・吐き気・寒気・震えが加わって眠れないほどとなり、B総合病院の内科消化器科を受診しました。
翌日未明よりAさんは腰痛・背骨痛にて眠れず、胸痛も訴え、吐き気、嘔吐、発熱もあった為、B総合病院救急外来を再受診、そのまま入院しました。
B総合病院医師は、癌性疼痛と判断し、ペンタジン(鎮痛剤)を処方しただけでした。

3.入院当日、強い痛みのほか、体温の上昇、乏尿などの症状があり、さらに血液検査結果は次のような数値(プライバシー保護のため概数として表示)となりました。

 WBC  約8300
 GOT  約50 H
 GPT  約50 H
 LDH  約230
 ALP  約530 H
 γ-GTP 約470 H
 T-BIL 約5 H
 D-BIL 約4 H
 CRP  約22 H
 黄疸   2+
 なお、アミラーゼについては検査されませんでした。

4.入院翌日の午前6時、Aさんは、「腰が痛い。夜は注射で眠れたけどすぐ起きちゃった。何でこんなに痛いんだ」と訴え、「四肢冷感、チアノーゼあり、血圧 58/46、乏尿、腹部緊満 グル音聞かれず 排ガスなし、橈骨動脈触知出来るが弱く触れるのみ。」とショック状態であることが明らかな状態でしたが、バルーンカテーテルが挿入されたのみで、医師の回診すらなされず、6時30分になっても血圧が低下したままであったため、これも医師の回診がないまま、カコージン(急性循環不全改善剤)の点滴投与がなされたのみでした。
その後、7時12分にはSpO2 70~80台まで低下し、四肢末梢チアノーゼ、冷感は変わらず、これに対しO22リットルマスクで開始されました。
ところが、信じられないことに、16時に至るまで医師は診察すらせず、看護師からの報告を受けて間接的に指示を出すことにとどまっていました。
16時にようやく、医師が診察し、胃管を挿入しましたが、このときには腹部膨満著明な状態でした。
16時ころの血液検査結果は以下のとおりでした(ライバシー保護のため概数として表示)。

 WBC  約11500 H
 GOT  約1300 H
 GPT  約770 H
 ALP  約1500 H
 LDH  約1600 H
 γ-GTP 不計測
 T-BIL 約8 H
 D-BIL 不計測
 CRP  約25 H
 黄疸   2+
 Amy  約300 H

その後、16時30分過ぎ、Aさんは心停止となり、心臓マッサージなどの蘇生処置が行われましたが、23時過ぎにお亡くなりになりました。

5.その後、Aさんには胃癌術後絞扼性イレウス(十二指腸・空腸)、高度肝障害(逆流性)が確認されています。

[問題点]

1.胃全摘術の手法(ビルロートⅡ法)
本件でC総合病院で行われた胃全摘術では、胃を切除した後の食道と空腸、十二指腸を接続させるために複雑につなぎ合わせる手法がとられました。胃を食道側(入口側A)、十二指腸側(出口側A’)で切り離し、全摘出後、十二指腸側の断端は閉じる(A’)。十二指腸側は、大網をくぐるようにして腹膜内にある空腸 へと繋がっていますが、この空腸のところで両断し(B:C)、下部の空腸(C)をそのまま上に持ち上げるようにして食道に繋ぐ(A:C)。一方、上部の空腸(B)は、挙上した空腸に接続させるというものです。
断端を閉じた十二指腸の部分を輸入脚(A’~B:胆汁・膵液の通路となる)、挙上した空腸の部分を輸出脚(C:食物の通路となる)といいます。

2.疾患の解説

(1)輸入脚症候群
胃手術後に発生する種々の障害を胃切除後症候群といいますが、この中に、本件のような胃全摘術もしくはビルロートⅡ法での胃切除を行い、輸入脚をつくった場合 におきる輸入脚症候群があります。これは、胃切除後の輸入脚部が何らかの原因で通過障害をきたし、胆汁・膵液が輸入脚腸管内に停滞する疾患です。
 1.小腸の一部。十二指腸に続く小腸の上部。小腸の5分の2程度を占める。
 2.胃摘出手術においては、輸入脚を作らない術式として、ビルロートⅠ法、等が存在する。
急性と慢性に分類され、急性輸入脚症候群では、急激な腹痛や上腹部膨、高アミラーゼ血症、黄疸や肝機能障害からDICを併発することが多いとされています。

(2)閉塞性黄疸と急性胆管炎
胆汁のとおり道である胆道が詰まってしまって、黄疸(胆汁うっ滞)を来す状態を閉塞性黄疸といいます。血液検査で、胆道系酵素(ALP、γ-GTP、LAP)に異常が特にみられる黄疸があれば、これを疑い、まず超音波検査を行うこととされています。
次に、急性胆管炎とは、胆道閉塞してうっ滞した胆汁に、細菌感染が起きた場合に生じます。特に、胆管閉塞が持続して胆管内に化膿性胆汁が高圧で貯留した状態を急性化膿性胆管炎(AOSC)と呼びます。胆管減圧処置が行われないままこの状態が続くと、全例が死亡する重症胆管炎です。

(3)絞扼性イレウス
腸閉塞(イレウス)の一種で、大部分が開腹術後の術後イレウスです。癒着、炎症により生じた索状物等が腸間膜を含めて腸管に巻きついて絞扼する(締め付ける)、あるいはすき間に腸はまり込んでしまって起きます。締め付けられた腸管は、血流が途絶えてやがて壊死に至るため、速やかな外科的治療を要します。

[問題点]

1.本件診療にあたっては、Aさんが胃全摘手術後であったことを念頭においた診察が行われなければなりませんでした。
最初の外来受診時に最初に訴えていた所見は、発熱、嘔吐、腰痛でしたが、看護記録の記載によれば腰痛の様子は「背中から腰にかけて痛くて寝てられないよ」というもので、腰部に限局したものではありませんでした。
疼痛や嘔気を訴える患者が開腹手術後の患者であるならば、真っ先に注意を要する疾患として、術後の絞扼性イレウスがあります(嘔吐は痛みとともにイレウスの典型的所見)。

2.入院翌日の血液検査の結果は、ALP値が基準値を2~3倍超えて上昇し、γ-GTP値は9倍、ビリルビン値も4倍にまで上昇する一方、GOT、GPT値は2倍未満の軽度の上昇に止まっていました。この血液検査結果は、肝機能よりも胆道疾患の異常の方が優勢であることを示すもので、まさに閉塞性黄疸の所見でした。

 ALP   基準値上限:260  入院初日(概数):530  基準値対比(倍率):2
 γ-GTP  基準値上限:50  入院初日(概数):470  基準値対比(倍率):9
 T-BIL  基準値上限:1.2  入院初日(概数):5  基準値対比(倍率):4
 D-BIL  基準値上限:0.5  入院初日(概数):4  基準値対比(倍率):8
 GOT(AST) 基準値上限:33  入院初日(概数):50  基準値対比(倍率):1.6
 GPT(ALT) 基準値上限:45  入院初日(概数):50  基準値対比(倍率):1

また、炎症に対する代表的な指標であるCRP値は、基準値の40倍を超える22にも達し、CRP値における標準的なパニック値20を超え、激しい炎症が起きていることが明らかでした。このような激しい炎症反応は、絞扼性イレウスや胆管閉塞と矛盾しません。
以上の検査結果から、閉塞性黄疸を疑うべきことは当然ですし、閉塞性黄疸は、急性輸入脚症候群の典型的症状なので、鑑別・確定診断のために、レントゲン、CT、エコーの各検査を直ちに行うべきでしたが、これらはいずれも行われませんでした。この異常所見の見落とし並びに検査の懈怠は、B総合病院の重大な過失であったと考えられます。

3.入院翌々日6時には、四肢冷感、チアノーゼが出現し、血圧も58/46に低下し、乏尿でした。これらは、いずれも重症ショックの典型的所見です。この所見及び前日までの経過からすれば、直ちにショックの原因の探索と緊急治療が行われるべきでしたが、医師の診察すらされずに放置され、昇圧剤(循環不全改善薬)であるカコージンが漫然と投与されたのみでした。また、ショックの原因探索としては、途中でX線写真が1枚撮られたのみで、即時実施可能なエコー、CT、血液検査などのごく一般的な検査すら用いられず、原因探索は怠られていました。あまつさえ、午前中に施行予定だった腹部超音波検査が行われたのは午後4時になってからでした。あまりに杜撰なショック症状に対する治療の懈怠と言わざるを得ません。

[解決・和解]

B総合病院は、示談段階では責任を否定していたため、やむを得ず訴訟を提起しました。裁判においては、原告・被告双方の私的意見書が出揃った段階で裁判所から和解勧告があり、和解金3800万円が支払われる、という内容で決着しました。医療行為については、相当の問題があったと言わざるを得ないところですが、訴訟においては、裁判所の迅速な和解勧告と、被告の決断により、スムースな決着となったこと、また、和解条項中に過失を率直に認め、謝罪する旨の条項が記載されており、ご遺族の心情に十分配慮された内容となったことは、被告の誠意を示すものとして評価できます。

  

弁護士法人 ライトハウス法律事務所

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