医療過誤の解決事例

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医療過誤の解決事例

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30代男性Y社会保険病院

健康診断で2年に渡って胸部X線上異常所見があったにもかかわらず見落とされ,後に死亡した事案

事案

当時30代のAさんは,Y社会保険病院健康管理センターで毎年会社の健康診断を受けていました。
①平成17年の健診フィルムには約1.2㎝の小さな異常陰影があり,これが見逃されました。
②その翌年の健診フィルムには前年とほぼ同じ場所に,今度は約4.8㎝もの大きさのはっきりとした異常陰影が写し出されていましたが,これも見落とされました。
③その翌々年2月,Aさんは左肩甲骨付近の痛み,左胸の痛み,左脇のしびれ等を感じるようになり,4月に市立総合病院を受診したところ,肺癌の疑いとされ検査入院することになりました。

Aさんは,「非小細胞上皮性腫瘍疑い」とされ,病期については,RI検査(注1) の結果,TNM分類によって「T3M0N0」(stageⅡB)(注2) と判明しました。PET検査 (注3)の結果によっても,縦隔リンパ節を含む転移の所見は認められないとされました。
その後,腫瘍を縮小してから腫瘍を摘出する手術を受けることとなり,放射線・化学療法を開始しましたが,手術までの間に,左副腎への転移が発見されました。
そして,「左肺上葉合併切除・左副腎摘出術」を受け,術後,化学療法を受け,いったん,退院しました。
その後,右副腎転移,脳転移,多発肺転移が出現し,化学療法・放射線療法のための入退院を繰り返しましたが,最初の入院から約1年半後,Aさんは肺癌により亡くなられました。

注1)RI検査とは,放射性医薬品を体内に投与し,臓器に集まったラジオアイソトープから発せられるガンマ線を,体外からガンマカメラで捉えて映像化する核医学検査です。
注2)TNM分類とは,癌の臨床病期分類。Tはtumor(原発腫瘍の進展度),Nは lymph node(所属リンパ節転移の有無),Mは metastasis(遠隔転移の有無)を表し,各々の組み合わせにより病期(stage)が定められます。N0はリンパ節転移を認めない、M0は遠隔転移を認めないということです。
注3)陽電子放射断層撮影。ポジトロン・エミッション・トモグラフィーの略。癌細胞が通常の3~8倍ブドウ糖を取り込むという性質を利用し,ブドウ糖に近い検査薬を身体に投与することで,癌細胞を検出する検査法。

問題点

健康診断におけるレントゲン検査とは,健康な人に放射線をあててわざわざ被爆させ,被爆によるリスクを負わせながらも,がんなどの異常を早期に発見することによって,それを上回る利益を与えよう,というものです。
 ところが,ほとんどの健康診断では,肝心の画像チェックをいい加減に行っています。なぜいい加減かといえば,小さな画像(今回は10㎝四方)を一人の医師が大量に見ていくのです。
 本件では,被告側の主張でその実態が明らかになりました。1巻最大200人分のX線写真がロール上のフィルムに現像され,トイレットペーパー状に巻かれます(被告の表現)。
そして,小さなシャウカステン(お医者さんで見かける,中に蛍光灯が入った白い装置)の前で,このフィルムが自動的に送られていくのです。チェック(これを読影といいます)する医師は,3時間で5~8巻もの分量を見ていたとのことです。そして,なんと,画像は1枚あたり2~3秒の速さで流れていったそうです。
 どんなに根気強い医師でも,1時間集中を続けていくのは難しいでしょう。そして,ダブルチェックもなければ結果に責任を負うこともないのです。医師によっては睡眠不足で居眠りをされてしまうかもしれません。現に,この健診画像の読影を経験したある医師の方は,とてもきちんと見ることなどできない,と話されていました。
 今回,被告はなぜ見逃したのか,という点について明らかにしませんでしたが,原告の強い釈明によって,ようやく3回目の書面で次のように答えています。
「医師の一瞬の気の緩みから,動いていくフィルムを見飛ばしたか,あるいは陰影が明確なことからすると,報告書への記載漏れといった手違いがあったのではないかと思料される」
そして,「どうしても避けられないヒューマンエラー」などとも言い訳していますが,違います。
 こんなシステムでは,元々,意味のある読影など期待するほうが無理なのです。
 
 アメリカなどでは,このような健康診断が,がんなどの死亡率を減少させるか,という調査が行われ,否定的結果(つまり,やっても意味が無いということ)もよく報告されています。ところが,日本では今や健診ビジネスが大流行で,綜合病院や医師会がこぞって,大規模な健診センターを設けています。
 しかし,それが,私たちの健康に本当に役立っているのでしょうか。

 この訴訟では,被告は,さすがに2回目の健診時の見落としについては責任を認めましたが,損害賠償については「散々転移をした本件患者の肺癌の性質」を踏まえれば,救命・延命は困難と主張し,少額の見舞金しか支払わない,としてきました。本件に,「散々転移をした」などと軽々な言葉遣いなどすることが被告の本音を表しているのかもしれませんが,「散々転移をする前に」見つけて欲しいから,人は被爆のリスクを負ってでも,健診を受けていることを,医療機関側には忘れて欲しくありません。健診も,ビジネスである前に,「患者の役に立つ」ことが大前提であるのです。

解決・和解

本件では,胸部疾患の分野において,非常に権威ある高名な医師の方が意見書を作成して下さりました。
一方では,(書面上の表現において)被告の無責任かつ失礼な態度が目立つ訴訟でした。
裁判所も強く和解を勧告されたので,800万円が支払われることで和解が成立しましたが,率直にいって和解金の額は,受けた被害に見合ったものではありません。
これは,過失(見逃し)がなければ,死亡という結果が起きなかったということについて,原告側にあまりに高いハードルが設けられていることによるものです。今の裁判システムに問題があるからなのです。
しかし,本件のように,背景に経済的動機がからんだ事案に対し,このように少額の賠償金しか課せられないのでは,今後も同じような事件が続いていくでしょう。経済的動機においてもペナルティと感じるような制裁が必要と感じています。医療機関側にとっては,今回のような重大なミスをしても800万円支払えば良いのであれば,3時間で600人近いフィルムをチェックさせるような体制を続ける方が,得なことは明らかです。今後もそれを続けていくでしょう。このままでは,ビジネスの前に,患者の利益は後回しにされるばかりです。

  

弁護士法人 ライトハウス法律事務所

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